当サイトのコンテンツには商品PRが含まれます。
When you buy through links on our site, we may earn an affiliate commission.

海外

外国語で話す前に、日本語で考えている

ざっくりまとめると、

  • 海外出張や駐在にあたって、語学は確かに重要
  • ただし、「話せる=コミュニケーションがスムーズ」とは限らない
  • 1. 何をどう伝えるか考え、2. それを発する、という流れになる
  • 考えを発する時には語学力が活きるが、思考は日本語(母国語)で行うことが多いはず
  • というか、コミュニケーションに限らず仕事は大体、上記の流れになるので、日本語で思考する力は超大事
  • 日本語で考える力を磨いていきたいです

海外とのコミュニケーション=語学力、という前提

海外出張や海外駐在において語学って大事ですよね。

会議や商談をするにも、交流を深めるにも、コミュニケーションの取りようがなければ大問題です。

語学を活用するには、自分で学習して習得するというのが一般的でしたが、AIの発達によって語学はAIに任せ、自分はAIの活用術をマスターする、というのが一般的になるかもしれません。なんだか凄い時代になってきて、個人的には付いていけるか心配です。

とはいえ、私の経験上、自分で言葉を発した方が仲が深まりやすい気がするので、それぞれ一長一短あって、バランス良く活用するのが上手な立ち回りかなと思います。そういえば語学力向上にもAIは使えますね。

何にせよ、語学を取り巻く環境は変化していて、語学を使うハードルはグッと下がりました。

というわけで、海外出張や海外駐在のコミュニケーション問題は解決、めでたしめでたし。

、、、というのは、ちょっと話が単純すぎるんじゃないか、という気がしています。

言語が違っても問われるものは同じ

仕事のコミュニケーションで問われるものは大きく分けて、

  • 何を伝えたいのか
  • なぜそれを聞くのか/伝えるのか
  • 相手にどう受け取られそうか

あたりだと思うんです。

これは、日本語だろうと英語だろうと、基本的には変わらない。むしろ、母国語でない分だけ、ここを雑にするとズレが大きくなります。

状況によって、何を伝えるかも、理由も、背景も千差万別で、考える場面は沢山あって、思考の深さは割と話作りに影響します。

で、日本語を母国語として育った人の場合、会話内容の思考はまず日本語で行われるのが多いと思います。少なくとも私自身はそうです。

直球で言うと、日本語で話が下手なのに、外国語で上手くいくかって話です。

私の経験上という少ないサンプルで申し訳ないのですが、逆に多少拙くても、話の構造が整理されていれば、相手は案外理解してくれますし、「あ、この人ちゃんと考えているな」といった印象もってもらえることあります。日本語による思考力って重要な気がします。

語学力だけでなく、思考力も大事と感じた海外サプライヤー巡り

昔話なのですが、とある商社のAさんにアテンドいただいて、海外サプライヤーを訪問したことがあります。

そのサプライヤーは、対日向けや対米向けなど、主たる取引先は海外でしたが、いわゆる発展途上国で経済成長著しい地域にありました。

将来的には国内向けにも力を入れていくのかなぁと、純粋な気持ちでAさんに質問をお願いしました。

この出張はAさんのアテンドによるサプライヤー巡りだったので、商談時は全てAさんに通訳してもらっていました。

Aさんは非常に優秀な方で、色々と勉強させていただきましたが、語学という点においては得意というわけではなさそうでした。もちろん通訳できないというわけではなく、シンプルな短文を繋げて、丁寧に、正確に伝わるように心がけてくれていましたし、サプライヤー側もその辺は承知していて、簡単なフレーズをゆっくり話すようにしていました。

ところが、この時の通訳だけは「国内企業から販売を求められるようなケースは増えているか?」という感じの意訳が入ったんです。

あれ?と思いつつも、サプライヤーからは国内向けの販売状況や将来的な見込みなど、結局回答はもらえて、一先ず面談は終了しました。

で、意訳した理由をAさんに聞いてみると、

「考えの良し悪しは置いておいて、あのサプライヤーは海外企業との取引を重要視していて、はっきり言うと国内向けは一段下に見ているきらいがある」

「サプライヤーが国内に販促するような聞き方だとプライドを傷つけかねず、質問の回答がもらえない、下手をすると他の話にも影響が出た可能性があったので聞き方を変えた」

ということでした。

なるほど。相手の背景を理解し、波風立てずに私の質問に沿った回答を引き出す表現を瞬時に見つけられていたわけです。凄いなぁと感心しきりでした。

ここで重要なのは、「語学力が豊かであること」と「相手の背景を考慮したり、表現を再構成したりする思考力が豊かであること」は、必ずしもイコールにならないという点です。

語学力があるに越したことがないのは間違いありません。しかし、この昔話のようなケースで、通訳を外注したり、私が直訳で質問したりしていたら、結果として得られた情報や関係は変わっていた可能性あったかもしれません。

致命的なのは語学力不足ではない

語学力がゼロでは、さすがに話にならない場面あります。

ただ、一定水準を超えれば、AIといったツールを使いこなせれば、何とかなる部分も多いです。

それより厄介なのは、話の内容や組み立て、相手に配慮する手段、などを日本語で深く考える力が欠けていることなんじゃないかなぁと思います。

結局、コミュニケーションというか仕事って、どんな場面でも、

  1. まず思考を取りまとめて、
  2. そのまとめた内容を発する

という流れがついて回ります。

もちろん語学力が高いことは素晴らしいのだけれど、それを活かす為にも思考が大事で、その思考を第一言語の日本語で行うのであれば、日本語で考える力は欠かせないのかなぁと。

これって、よく考えたらAIも一緒ですよね。曖昧な指示では求める答えがなかなか出てこない。だとすれば、これからは一層日本語で考える力って大事になるのかなぁと。

日本語で思考する力を磨いていきたいなぁと思う次第です。

以上、最後までありがとうございます。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

-海外